Walk hand in hand 世界をタイコの和でつなぐ

こちらは、アフリカのいろいろな国のお医者さん達です。
日本の様々な医療現場を視察なさるために来日された際、医療の現場において、みんなで協力する、というあり方を学んで頂こうと主催者の皆さまが企画され、講義を担当させていただきました。

(JICA「アフリカ地域 地域保健担当官のための保健行政B(仏語圏)」 JICA Health Administration forRegional Health Officer for African Countries)

アフリカと言っても、沢山の国があり、言葉も習慣も違うのだそうです。
私は、講義の始まる前、どのような流れを作るかを深く考え、アフリカのジャンベという楽器を学ぶためにアフリカを巡った演奏者に参加してもらいました。

まずは、日本の文化を一方的に伝えるよりも、日本にもタイコがあるように、アフリカにもタイコがある、と、そこからスタートさせたかったのです。

人と人との間を感じる感覚が鋭く、同調することで和をはかろうとする動きが強い日本の人と異なり、皆さん、それぞれがそれぞれのやり方にプライドを持ち、独立心が強い方々です。州レベルの医療従事者の皆さんなので、多くの人々を率いるお立場もあります。

なぜ医療現場に太鼓が登場してくるのか?という、最初はそんな気持ちいっぱいの方もいらしたことでしょう。

そんな雰囲気を感じられる現場で、通訳の方々のサポートを借りながら、準備体操から始まりました。

ところが、アフリカでは、教育の中に、体操や音楽はないのだそうで、体操そのものをしたことがない!と言われました。

皆さん、初めての体操は意外に面白かったようで、しきりに色々な場所を曲げたり伸ばしたり。カラダがほぐれ、少しココロもほぐれたようでした。

次に、私は、当教室で大切にしている「播州田植唄」という曲を題材とすることにしました。この曲は、兵庫県でむかし、田植えの時にうたわれていた唄をうたいながら、太鼓を打ち鳴らす曲です。

これは、昔ながらの田植えを経験して創り上げていった作品です。
2015年に三木市のリノワークスさんと共に、「農村にしごと唄ワークショップ」というワークショップ形式にして、教室生や郷音舎メンバーだけでなく、広く一般の方々にもご参加いただき、むかし、共同で田植えを行なっていた頃の風景を再現しました。

今でも各地の民謡や民舞の中には、農具を鳴らしたり、お茶碗を使ったり、カゴを使ったりするものが残っていることから、参加者みんなで、田んぼの周りを歩き回り、自分が使いたい農具を拾い集めてきたシーンです。

くわ、シャベル、がんじき、それらをみんなで叩いて音を確かめます。



こうやって時間をかけて、田植えから稲刈り、もみすりまで、すべて体験して蘇らせ、現在はうたわれることがなく、眠っていた音や言葉たちにもう一度、人間のリズムを与え、創り上げた作品達を2019年、「みずほの国の米のうた」として発表しました。

米作りを教えて下さった村の皆さんが、沢山、見にきてくださいました。
この時、農業に光を当ててもらったような気がした、と言っていただけたのが、とても嬉しかったのを覚えています。


その代表曲が「播州田植唄」です。

この曲は、実は、「組太鼓」と呼ばれるジャンルだけではなく、各地の民謡、沖縄民謡の太鼓スタイル、打法を組み合わせ融合させた独自のスタイルです。バチも打ち方も、いろいろな太鼓打法が組み合わさっているうえ、田植えの仕草まで入っています。

アフリカの皆さんは、まず、
「米」とは何か?
「稲」とは何か?
「田んぼ」とは何か?
というところからスタート。

これは一番に、お互いの理解が必要な部分でした。
一生懸命に田んぼについて説明しているうちに、参加者の皆さんのうちのお一人が、

「アフリカでは、お互いの家に行くことが友好の証だし、あなたの家に行って、その田んぼとやらを見てみましょう!」

とおっしゃいます。

一日目は、そんな体操、田んぼ、米、太鼓、何もかもが初めてで、会話のかみ合わないながら、なにやら面白そうだ、とみんなが耳を傾け始めて下さった講義となりました。

さて、これが、3日間の講座の末、教室で設定させていただいた野外舞台(カルメニさん/神戸新聞興産株式会社さまのご協力で実現しました)にみんなで出演した時の写真。

今でも一番好きな写真です。

最初にこのお話をいただいたときは、舞台はプログラムの中には入っていませんでした。
しかし、私は、舞台を目標にすえて頂くよう、主催者の方にお願いしました。

音楽は、すべての人々が協力して成り立ちます。
協力するためには、心の壁を越えることが必要です。
3日間の短期間で実現させるため、舞台という目標に後押ししてもらおうと思いました。

講座の途中では、

「もう、私には無理!」と諦めてしまった方が出てきました。
「そもそも、なぜ太鼓なんだ!」と不満も出てきました。
途中で心ここにあらず、ということが目に見えてきた方も出てきました。
太鼓より持っていったパソコンに興味を示す方も出てきました。

そして次に、

無理、と諦めてしまった方に、こうしたらどうだ?と教え始めた方が出てきました。
心ここにあらず、という方に、自分はこうしてみたら理解できたと伝え始めた方が出てきました。
その日は、持っていった太鼓を、みんなで車に運んで積んで下さるようになりました。

そして最終日。
場の中でリーダー的な存在の方が現れました。

当日は、ジャンベ奏者に加え、教室からもお手伝いに来てくれたメンバー、笛演奏家の方もサポートに入り、アフリカチームの皆さんを取り巻いて、みんなで手を重ねました。

リーダー的な方は、発表後、沿道で立ち止まって見に来て下さった大勢の市民の皆さんに向けて、学んできたことを話してくださいました。

そして、このチームで、いつか、アフリカ全土を「田植唄ツアー」で回ろう!と全員で約束を交わすまでになりました。

こちらは、東日本大地震で外で遊べなくなった子どもたちを招いたキャンプを主催なさっていた「こころを元気に明石deキャンプ」の夏まつりに参加した時のもの。

この時は、明石や兵庫県の子どもたちが、福島の子どもたちを笑顔で迎えようと、一生懸命に太鼓の練習をして、その子どもたちの演奏からコンサートは始まりました。

やっぱり、大きな手と小さな手が重なりました。


Walk hand in hand 世界をタイコの和でつなぐ

これは、私が演奏家として掲げてきたメッセージです。

私は、10代からアメリカ、フランス、オーストラリア、インドネシア、ベトナムなど、各地の舞台に出演し、独立後は、このアフリカの皆さまとのワークショップをはじめ、イギリスの学校やオーストラリアの学校でのワークショップも担当させていただきました。

今では、それは、足元にある文化である郷土の芸能を大切にすることが第一歩だと考えています。

いまは、稽古場から育った沢山の生徒の皆さんが独立し、各地や各分野で活躍してくれています。

高校の中の歴代生徒会メンバーが自分たちの手で郷土芸能や文化を伝えていくという活動を10年続けた中からは、その祭りの主催者代表者になるメンバーも現れました。

そこで、このテーマを当教室の次の目標とすることにしました。
これからも、教室あげて、この目標を達成できるよう、そして教室で育った各地の皆さんと協力して達成できるよう精進してまいりたいと思います。

●Walk hand in hand 世界をタイコの和でつなぐ

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